肺・衛気営血・風燥からみた病機整理
【患者プロフィール】
症例 男子 5歳
【冬季アトピーと咳の経過・発熱後の変化】
もともとアトピー性皮膚炎があり、冬の乾燥が強くなる時期には皮膚のかゆみとともに喘息様の咳が続いていた。特に夜間に咳がひどくなり、睡眠を妨げるほどであった。数日前に感冒に罹患し、外感風熱・温邪によって約40度の高熱を発した。それを境に、これまで持続していた夜間の咳ははっきりと減少し、眠れる時間も延びてきた。一方で、アトピー性皮膚炎は悪化し、皮膚は全体に乾燥して落屑が目立ち、ところどころ紅斑を呈し、強い掻痒感を伴うようになった。
【発熱を契機とした病機の組み替え】
発熱によって、これまでの症状がむしろ改善することは臨床上しばしば経験されるが、この症例では咳嗽の軽減と引き換えにアトピー性皮膚炎が増悪しており、その背景にある病機の組み替えを中医学的に検討する必要があ
考察① 発熱と肺・衛気営血の変化
【肺の宣発・粛降と痰熱の動きによる咳嗽軽減】
外感風熱・温邪が侵襲すると、病邪はまず衛分にとどまり、発熱、悪風、咽の乾き、軽度の咳嗽、舌辺紅と薄い黄苔、脈浮数といった表熱の像を示す。このとき肺は宣発と粛降の機能を一時的に高め、咳嗽や喀痰、発汗を通じて邪気を体表から外に追い出そうとする。その過程で、肺系に長く鬱滞していた痰湿や痰熱が動かされ、肺気の鬱滞がいったん疏解されるため、慢性的に続いていた夜間の咳が軽減することがある。
今回、高熱を境に咳が落ち着いてきたのは、このような肺の宣発・粛降と痰熱の動きによる一時的な軽快と見ることができる。
考察② 血分・津液損傷と血虚風燥・陰虚風燥
【高熱・発汗による血分・津液の消耗と風燥の形成】
しかし同時に、高熱と発汗は津液と血分を大きく消耗させ、衛気も損なわれやすい。営血の層には熱が入り込みやすくなり、血熱と血虚・陰虚が併存しやすい状態がつくられる。もともとアトピー性皮膚炎を有する患者では、多くの場合、肺陰・肺気の不足、脾気虚による生化不足、腎精・腎陰の不足、さらには血虚や血熱の素因といった虚証が背景にある。その素体に、高熱と発汗による津液・血分の損傷が重なることで、皮膚や皮毛を内側から濡養する力がさらに低下し、血分に残った熱が血熱生風となって内から風を動かし、衛表不固と津液不足が重なることで風燥が皮膚にとどまりやすくなる。
【血虚風燥・陰虚風燥型としての皮膚所見】
その結果、皮膚は十分に濡養されず、乾燥と落屑、ざらつきが強くなり、広い範囲に紅斑と強い掻痒を呈する。ジュクジュクした滲出や明確な湿熱のこもりが前景ではなく、「全身の乾燥」「粉をふくような落屑」「薄い紅斑」と「強いかゆみ」が主となっている点から、この病態は熱毒・湿熱よりも、営血と津液の損傷に風邪が結びついた血虚風燥・陰虚風燥として捉える方が妥当。
考察③ 本虚標実としての病機構成
【肺・脾・腎の本虚と標実構造】
病機の骨格としては、肺・脾・腎の気血陰虚が本質にあり、生化の源が乏しいため新たな血と津液の生成が追いつかない。そのうえで、血分の残熱と血虚が重なり血熱生風が起こり、衛表不固と津液不足により風燥が皮膚に滞留しやすくなるという、本虚標実の構図が成立している。この段階で、従来の湿熱型アトピーに対する感覚で強い清熱燥湿や辛燥性の手法を多用すると、残存する血・陰・津液をさらに削ぎ、乾燥と掻痒を慢性化させる危険が高い。
考察④ 治療方針と鍼灸の位置づけ
【養血潤燥・滋陰和営を基調とした治療戦略】
したがって、治療の基調は養血潤燥と滋陰和営に置き、血分・陰分・津液を補いながら皮膚を内側からうるおすことが重要になる。そのうえで、辛燥に偏りすぎない範囲で疏風止痒を加え、風燥の動きをやわらげて掻痒を鎮める。血熱や伏熱が残る場合も、強烈な瀉火ではなく清営・涼血レベルの穏やかな清熱にとどめるべきである。長期的には健脾益気と滋補肝腎により生化の源を立て直すことで、再燃のしやすさそのものを減らしていくことが目標となる。
【鍼灸配穴】
鍼灸では、膈兪・肝兪・脾兪、血海、三陰交などによる養血・調血、腎兪や太渓・照海による滋陰補腎と皮毛の固摂、肺兪や風門、尺沢、列缺による肺気の宣粛と衛表の調整を軸に、風池や合谷、曲池などを用いて穏やかに風をさばき掻痒を軽減していくことが考えられる。ただし全体として、「攻めすぎず、乾かしすぎない」という方針を外さないことが前提になる。
考察⑤ 臨床的示唆(まとめ)
【発熱後アトピー悪化に対する視点の転換】
この症例は、発熱を契機に咳嗽が軽減しつつ、アトピー性皮膚炎が血虚風燥・陰虚風燥のかたちで前景化してきた一例であり、発熱後のアトピー増悪をみる際には、清熱や燥湿一辺倒ではなく、養血潤燥・滋陰和営を基調とした治療設計への切り替えが必要であることを示している。
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