女性
【ご相談内容】
今回いちばん強く訴えられていたのは、持続的な動悸でした。ご本人は一日中「トクトクトク」と拍動を自覚し、とくに静かにしている時ほど気づきやすい状態です。一方で、ウォーキングや階段昇降などの運動で悪化する感じは乏しく、不安が高まった時に動悸が強くなるという自覚がありました。内科では「期外収縮」と説明を受けています。
加えて、長年続く高血圧への不安が強く、50代から収縮期血圧が140台で推移し、健診で繰り返し指摘されてきたものの、これまで明確な治療介入はされてきませんでした。今回の受診で降圧薬を勧められたものの、本人には強い抵抗感があり、「薬を飲まないなら治療はない」と言われた経験が不安と不信感につながっていました。
その背景には、薬剤に対する強い過敏性と恐怖があります。過去に内服後のしびれ・意識消失で救急搬送された経験、点眼薬と内服薬・抗生剤併用での強い気分不良や嘔吐、感染症治療薬内服後のめまいと嘔吐などがあり、いずれも中止で改善したため「薬=危険」という学習が強く固定されていました。さらにご家族が降圧薬で血圧が下がりすぎて動けなくなった経験を目の当たりにしており、「薬で意識がなくなるのではないか」という恐怖が中心にありました。
現在進行形のストレスとして、愛猫のがんによる介護負担が大きく、慢性的な緊張状態が続いていました。過去にも強いストレスで体調が悪化した経験があり、不安が増すと動悸が悪化することも本人は理解していました。
身体状況は、以前は不眠や夜間頻尿(3回)が強い時期があったものの、最近は改善し、睡眠は確保でき、夜間頻尿はほぼ消失。食欲・消化・便通は安定していました。その他、喉の乾燥感、季節によって膻中付近の違和感、頭部のピリピリ感(鍼治療後に軽減)などがみられました。
※本症例は、医療機関での評価・診断を前提に、鍼灸を補助的に用いた経過の共有です。動悸や高血圧は重大な疾患が隠れていることがあるため、症状の変化や不安が強い場合は主治医と相談しながら進めることが重要です。
【鍼灸での対応】
この症例では、症状そのもの(動悸)だけでなく、背景にある
• 不安の高まりで症状が増悪しやすいこと
• 薬剤恐怖によって「対処の選択肢が狭くなり、さらに不安が増える」悪循環が起きていること
• 介護ストレスによる慢性的な緊張
を重要な要素として捉えました。
そのうえで、胸部の緊張・呼吸の浅さ・胸中のつかえ感など「胸の中の詰まり(気機の乱れ)」が強い時期は、胸部〜心包領域の調整を軸に、症状の波に合わせて配穴を組み替えました。
【治療の経過】
初期(3回)
配穴:巨闕、列缺、肺兪、心兪
経過:動悸の回数が減少し、2日間まったく動悸が出ない日もありました。ただし波があり、愛猫の体調悪化による介護で睡眠不足が続くと症状が悪化する傾向がみられました。
中期(2回)
目的:胸中の気機の調整を意図し、督脈を用いる目的で霊台を追加
経過:明確な改善が得られず、その後に動悸が強くなり、血圧も高くなる出来事がありました。
方針転換(1回)
経過:反応を踏まえて配穴を変更
• 配穴:膻中、左内関、肺兪、心兪
後期(2回)
配穴:方針転換後と同様
経過:血圧が下がり、動悸も減少。自覚的なつらさは NRS 10 → 2 まで改善しました。
【まとめ】
この症例の中心は「動悸」ですが、背景には
• 薬剤への強い恐怖(過去の体験+家族の経験)
• 介護という慢性的ストレス
が重なり、不安が増えるほど動悸が強くなるという悪循環が形成されていました。
鍼灸では、経過の途中で配穴が合わない時期もありましたが、胸中の調整(膻中・内関を含む構成)へ切り替えた後に、動悸と血圧不安の両面で改善がみられました。
一方で、動悸・血圧に関しては、鍼灸のみで完結させる対象ではありません。薬剤への不安が強い場合でも、自己判断で「何もしない」に寄るほど不安が固定化しやすくなります。医療機関では、検査(心電図、ホルター心電図、血液検査など)と経過観察の方針、生活介入、必要時の少量・慎重な薬剤調整など、選択肢を整理しながら安全に進めることが重要です。鍼灸はその過程で、緊張や不安に伴う身体反応を整える補助として位置づけるのが現実的です。
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