【相談内容】
生まれつき股関節が弱く、生後3ヶ月の段階で「股関節脱臼」のため右股関節の手術を受けられたという70代の女性からご相談をいただきました。
3〜4年前に左足首が激しく腫れ上がり、整形外科を受診したところ、「長年、右股関節をかばって歩いていたために、左足首に過剰な負担がかかっている」と診断されたそうです。病院からは右股関節の再手術を勧められましたが、できれば手術は避けたいという強い思いをお持ちでした。
しかし、約1年前から右股関節の痛みがさらに悪化。ご自身で靴下を履くことすら難しくなり、痛みのために歩行も困難な状態になってしまったことから、「鍼灸治療でこの痛みをなんとかしてほしい」と当院にご来院されました。
- 主訴:右股関節の激しい痛み、歩行困難、股関節の可動域制限(靴下が履けない)
- 随伴症状:左足首の負担、胃腸の不調(慢性的な胃もたれ、食欲不振など)、右下肢の短縮
【中医学的分析】
中医学では、骨や関節のトラブル、そして長年続く慢性的な痛みに対して、主に「腎(じん)」と「脾胃(ひい)」、そして「気血(きけつ)」の巡りからアプローチします。
- 先天の精(せんてんのせい)の不足と「腎虚(じんきょ)」
中医学における「腎」は、骨や関節を司り、生まれ持った生命力のエネルギー(先天の精)を蓄える場所です。生まれつき股関節が弱かったという背景は、この「腎」のエネルギーが少し不足している状態(腎虚)と考えられます。 - 「脾胃虚弱(ひいきょ弱)」による修復力の低下
お話を伺うと、普段から胃腸の調子も悪いとのことでした。中医学において胃腸(脾胃)は、食べ物からエネルギーや血液(後天の精・気血)を作り出す重要な場所です。胃腸が弱いと、傷んだ関節や筋肉を修復するための栄養が全身に行き渡りにくくなり、痛みが長引く原因になります。 - 「気血阻滞(きけつそたい)」による痛み
左右の足の長さに差がある状態で長年過ごされてきたため、腰から骨盤、股関節まわりの筋肉に常に不自然な負荷がかかっていました。これにより、ミクロの視点では血液やエネルギーの流れが滞り、「不通則痛(通じざればすなわち痛む)」、つまり激しい痛みとなって現れていました。
【治療】
左右のバランスを整えつつ、痛みの根本原因となっている深部の筋肉と、身体の回復力を高める胃腸のツボを組み合わせて施術を行いました。
①骨盤を支える深部筋肉(腸骨筋)への治療
初診と2回目の施術では、腰や右臀部(お尻)のツボを中心に鍼を行いましたが、大きな変化が見られませんでした。そこで3回目の骨盤のバランスを再評価し、骨盤の内側にある「腸骨筋(ちょうこつきん)」という筋肉を狙ってアプローチを切り替えました。この筋肉が硬く縮むことで股関節を引っ張り、強い痛みと可動域制限を作っていたため、ここに的確に鍼を届かせることで緊張を緩めました。
②経絡の巡りを改善する経穴(ツボ)の選択
股関節まわりを通る「足の少陽胆経(たんけい)」や「足の太陰脾経(ひけい)」といった経絡(気の通り道)上のツボ(環跳(かんちょう)、血海(けっかい)など)を使用し、滞った血流を促進して神経の興奮を鎮めました。
③胃腸(脾胃)を元気にする根本治療
痛みの軽減と同時に、お身体全体の回復力を底上げするため、胃腸の働きを高める「足三里(あしさんり)」や「中脘(ちゅうかん)」などのツボへの施術も追加しました。消化吸収を助けることで、関節や筋肉へ十分な栄養(気血)が届く状態を作ります。
【経過】
初診〜2回目
腰や右臀部を中心に施術を行いましたが、患者様の実感としては「あまり効果が変わらない」とのことでした。長年の負担が蓄積しているため、表面的な筋肉の緩和だけでは痛みの芯まで届いていない状態でした。
3回目〜5回目
原因を再分析し、骨盤の内側にある「腸骨筋」への施術に切り替えたところ、この回を境に「歩くときの痛みが徐々に楽になってきた」と、明らかな変化を実感していただけるようになりました。
6回目
6回目の施術を終えた時点で、当初の激しい右股関節痛が「半分くらいに減った」とお喜びの声をいただきました。歩行時の辛さや、日常生活での動かしやすさにも改善が見られ始めています。
現在の状況
現在は、股関節の痛みをさらに減らすことと、同時に「胃腸の調子を整える治療」を組み合わせながら、週に1回のペースで定期的な治療を継続されています。
【まとめ】
今回の症例は、幼少期の手術や左右の足の長さのバランスから、数十年にわたり股関節まわりの深い筋肉に負担がかかり続けたことが大きな原因でした。また、胃腸の弱さもお身体の回復を妨げる要因となっていました。
もう少し痛みが軽減すれば、靴下の脱ぎ履きや日々のお買い物など、日常生活で支障をきたすことはほとんどなくなるところまで見えています。
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