【相談内容】
当初は長年悩まされていた頑固な肩こりと腰の痛みの改善を目的に来院された60代の女性です。
鍼灸施術を重ねる中で、肩や腰の痛みは順調に和らいでいきました。しかし身体が軽くなるにつれ、「実は昔からお腹の張り(腹部膨満感)が強く、便秘と下痢を交互に繰り返していて外出も億劫になる」と、消化器のお悩みをご相談いただきました。
詳しくお話を伺うと、ご家庭内でのストレスを長期間抱え込んでおり、気持ちが張り詰めると顔や足の筋肉がピクピクと波打つようにけいれんする現象にも悩まされていました。
主訴:腹部膨満感、便秘と下痢の繰り返し(過敏性腸症候群様症状)
随伴症状:顔や下肢の筋肉のピクつき(筋痙攣)、肩こり・腰痛(初期主訴)
【中医学的分析】
中医学では、全身の気の巡りをコントロールし、自律神経や情緒の安定を司る働きを「肝(かん)」と呼びます。
1. 肝気鬱結(かんきうっけつ)
強いストレスや緊張が続くと、「肝」の気が滞る「肝気鬱結(気の巡りが詰まった状態)」に陥ります。
脈診:ピンと張った琴の弦のように触れる「弦脈(げんみゃく)」が確認。
この脈は、自律神経の緊張・気の滞りを示している。
腹診:みぞおちから肋骨弓の下にかけて抵抗や張りを感じる「胸脇苦満(きょうきょうくまん)」が顕著。
2. 肝脾不和(かんぴふわ)
中医学には「肝木克脾土(かんもくこくひど)」という言葉があり、ストレスで高ぶった「肝」は、消化吸収を司る「脾(ひ=胃腸)」を攻撃します。これにより、胃腸の働きが乱れ、お腹のガスだまり・張りと、便秘・下痢の交替が引き起こされていました。
3. 肝風内動(かんぷうないどう)の兆候
「肝」は筋肉の緊張や収縮もコントロールしています。気や血の巡りが滞り熱を帯びると、身体の内側で風が吹くように筋肉が揺れ、顔面や足の不随意なピクつきとして現れます。舌の両脇や舌先が赤くなっていた所見も、「肝」に熱がこもっている状態を表していました。
【治療】
「肝の滞りを解きほぐし、胃腸のバランスを回復させること(疎肝理気・調和肝脾)」を治療方針としました。
1. 気の滞りをほぐし、自律神経を安定させる
肝経の要穴である太衝(たいしょう)穴を使用し、滞った気を一気に巡らせ、高ぶった神経の緊張とストレスを和らげ、また、期門(きもん)穴を使用し胸脇苦満を和らげ、肝の鬱熱を発散させる。
2. 弱った胃腸の働きを整え、便通を正常化する
足三里(あしさんり)・天枢(てんすう):脾胃の働きを活性化させ、腸の蠕動運動を正常なリズムへ戻すことで、便秘・下痢の波を落ち着かせる。
【経過】
初診〜3回目
当初の主訴であった肩・腰の痛みが約7割軽減。リラックスしやすくなった段階で、腹部症状と筋肉のピクつきに対する集中アプローチへ移行。
4回目〜6回目
施術後にお腹が鳴り、ガスが自然に抜けるようになる。胸脇苦満が和らぎ、肋骨下の強い圧迫感が軽減。顔や足のピクつきの頻度も減少傾向に。
7回目〜10回目
便秘と下痢を極端に行き来することがなくなり、便の性状が安定。急な腹痛への不安感が減少。
現在
下痢や便秘の波は完全に消失し、「毎朝決まった時間にスムーズに排便がある」状態を維持。ストレスがかかった際の筋肉のピクつきも出なくなり、体調維持のためのメンテナンス通院を継続中。
【まとめ】
ストレスによる胃腸の不調や筋肉のけいれんは、「気の巡りの停滞(肝気鬱結)」が原因となって起きることが非常に多く見られます。胃腸薬や対症療法だけでは改善しない場合でも、自律神経と深く関わる「肝」の気の巡りを整えてあげることで、身体本来のリズムを取り戻すことができます。
【日常のアドバイス】
香りの良い食材を取り入れる:シソ、ミント、春菊、柑橘類など香りの強いものは、滞った気を巡らせる働きがあります。
深呼吸と適度なストレッチ:脇腹(肝の経絡)を伸ばすストレッチや、深いため息を意識して行うことで、胸の詰まりを発散させましょう。
お腹の張りや便通の乱れ、身体のこわばりは、「心が張り詰めているよ」という身体からのサインです。一人で抱え込まず、どうぞお気軽にご相談ください。
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